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「習い事ママも行きたくない」
私は幼少期ピアノとスイミングと習字を習っていました。
個人的には別に同じものを娘にとは全く思っていなくて。
なんでも好きなものをやりなさいと思っていたのですが。
なんか知らんけど全く同じもの習い始めました。
っていうか小学生の習い事って大体こんな感じやしな。
しゃあないのはしゃあないんですけども。
個人的には習い事は自分に合ったやつで好きなもんやればいいと思います。
その中から一生の職業にできるような才能を見出せたらそれはそれでいいし。
趣味としてひとつ持っておくと将来気晴らしの方法が増えるし。
何かを続けた、工夫した、乗り越えた、練習したという体験そのものが大事だと思うので。
練習したら上達したという経験
嫌々ながらでも言ってみたら意外と楽しかったという経験
毎週どこか決まったところに行って同じ人に何かを教わる経験
人って日によって機嫌とか違うねんなという経験
親と違う人にダメ出しされるという経験
なんかを極めてる人ってちょっと変わってるなと思う経験
突然休みになると小躍りするくらい嬉しいという経験
練習全くしてないのに「しました」と嘘ついちゃう経験
それをおかんからチクられてバレて気まずい経験
続けてきたものをやめるタイミングを見極める経験
目標を設定してそれを達成すれば自分の要求を通してくれと親に交渉する経験
行きたくないと駄々をこねてみて親がどこまで聞いてくれるか見定める経験
一回やめてみたら次始めようとしても「ほんまにやるんか」と親に疑われる経験
そういうのって体験できる場所ってあんまりないのでね。
習い事ってそういう経験値溜めるものでもあると思います。
なので基本的には子どもがやりたいものやればいいと思っているんですが
その中でもこだわりがあって。
「水泳」だけは。
溺れ死ぬ可能性を少しでも下げたくて。
それなりに泳げるようになっておきなさいという思いで行かせました。
これは親のエゴです。
やめたなったらやめてもいいけど、ある程度泳げるようになってからにしてくれと。
幸いそれは嫌がらなかったので今も行き続けております。
他にも体操教室に行かせたりして、鉄棒や跳び箱、マットなどを習っていたのですが先生が失踪して教室がなくなりました。(レア体験)
そしてピアノや習字は本人たちが「やりたい」と希望したのでやらせていたのですが。
「今日行きたくない」「もうやめたい」とかすぐ言う。
実はママだって連れて行くのめんどくさいなって思ってる。
気持ち的には「やめる?ええよ!」一択。
でも「行く前」の面倒臭さって行ってみたら消えること多いじゃないですか。
今の今までベッドでゴロゴロしてたんやからそら行きたくないよ。
ママUSJでも行きたくないわそんなん。
だから「今日行きたくない」と「やめる」を一緒にするなと。
行ってみてやっぱり面白くなかったら考えようとか言って送り出して。
結局行ってみたら「来年までは続ける♪」とか言うたりする。
習い事に行って張り付いている必要はなくても
夕方の数十分野放しにされてもできることは限られているし
送迎のことや夕食の準備、タイムスケジュールなどなど。
考えなあかんこといっぱいある。
そらもう大前提として、子どもの成長を喜んでいますし、応援しているし、自分もやっていたことですから習い事の楽しみ方もわかっているし、見守っておりますけれども。
だからと言って心の隅によぎる「めんどくせえ」はなかったことにはできない。
ママもあなたたちと同じ気持ちだったりするよ?
「こうなったらやめよう」みたいな目標を決めるのもひとつですが。
級や合格がある習い事なら決めやすいけど、「上達」みたいな曖昧なものは決めにくい。
そして子どもも「やめたいほどではない」という思いだと結局続けるし。
本気でやめたがっていたらこっちも色々対応しますけども。
結局「めんどくさいなあ」と思いながらも励まして続ける日々を過ごしています。















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